IbrahimNcongoOmar’s blog

Black Lives Matter! I love political correctness.

日本の乳児死亡率230

[1]
君はアメリカを否定したいから食って掛かるんだろうけどw

「人民」とわざわざ訳語を当てている時点で、日本共産党日本社会党も、民進党日教組も、
バージニア憲章やアメリカ合衆国憲法リンカーンを否定できないどころか認めているという証明だろ。

しかも、君には説明していない・教えてないんだろ?w

挙句に、日本に、「人民」と言う訳語がついている組織があるか?wwwないだろ!www

つまり、オマエラの定義ですら、日本共産党日本社会党民進党日教組の定義ですら、
アメリカのほうが赤いんだけどwww


[1]
職業招命感とかCallingってやつだろ?

それを認めるということは、
アメリカ人(カルヴァン派)の方がまじめで働き者で努力家で倹約家で貯蓄率が高く」
「ドイツ人は間抜けで古臭い貴族主義と農奴制にしがみつくバカ」
と認めることになると思うんだけど。
「ドイツは貴族主義の後進国で、人権思想も遅れ、その結果産業革命も遅れた」
と認めるわけだ。

君たち日本の従来の主張と大きくずれるよね。


[1]
気をつけないとネットも、特定の勢力に都合が良いこと書いてあるな。
「嘘」あるいは少なくとも「アメリカの伝統とは異なる」。

アメリカの伝統は「レッセフェール自由放任」ではない。
「巨大な政府の介入を拒む」と言うのは「レッセフェール」ではなくて「住民自治地方分権で権力分散」と言う意味。
この記事も権力者に都合よく偏向されている。

例えば、「巨大な政府による福祉に反対」というのは「弱者切捨て」と言う意味ではなくて、「地元の教会が住民自治で福祉をしていた」から。

例えば逆に、「子供たちを全員全寮制の寮に入れ、朝・昼・晩のご飯を全部給食」にすれば、エンゲル係数はものすごく下がる。しかしそれは福祉ではなく全体主義


「巨大な政府」か「弱者切捨て」か、の二者択一だと、
「政府の中枢」か「大企業の資本家」か、のどちらかが儲かるだけだろ。
で、どちらも権力者。どっちでも変わらない。

例えば、民○党を作ったのは、元経○省官僚で、実家がイ○ン創業者の岡○。


[1]
そもそも、ルターは天動説支持者だって出てくるぞ?
マスコミはこれを知っていて、聖書原理主義者は天動説だといっているんだな。なるほど。

マスコミは多分「アメリカを宗教原理主義者だ」といって侮辱するために言い出したんだろうけど、
アメリカを作ったのはピューリタンであり、ピューリタンルター派とは対立している。

中途半端に勉強するのはよくないという典型例だなwww


[1]
コペルニクス
http://www.y-history.net/appendix/wh0902-077.html
Episode コペルニクスをけなしたルター
カトリックコペルニクスの教説をこれほど嫌っていたのであるから、その敵であったプロテスタントは熱心に新理論を迎え入れたろうと考えるかも知れない。
しかし実際には、プロテスタントは、カトリックよりもっと徹底的といってよい位にコペルニクス体系を拒否した。
彼の著作が出版される以前にも、コペルニクスはルッターに手ひどく批判されていた。
ルッターは口頭で次のように告発した。「天や太陽や月ではなしに、地球が回転するのだということを証明しようとする新しい天文学者は、
ちょうど動いている馬車や船に乗っていながら、自分は停まっていて大地や樹木の方が自分を通り過ぎて動いているのだと考える男のようなものだ。

また発表当初は、プロテスタントから反発が上がったほどだったが、あまりに新規な説であったのでそれを理解できる人がおらず、ほとんど知られることはなく、カトリック教皇庁からも無視の状態が続いた。
しかし、地動説はその後、ジョルダーノ=ブルーノやガリレオガリレイによって、観測と理論化が深められるに従い、ようやく教皇庁も異端的な思想であるとして警戒するようになった。


[1]
マスコミやテレビも、おそらくは、これらを知っていて、お前らには違うことを言っているんだろ。
お前らには細かく教えないで、腹のそこでは「知らないオマエラ」を馬鹿にしているんだろうけどwww

ルターは天動説を唱えた。
で、宗教改革時のイギリスおよび建国時のアメリカにルター派はいなかっただろ。

宗教改革を、
「宗教が支配していた世界から、皇帝あるいは市民が中心の世界への移行」
と説明したいのなら、ガリレオは関係ないかもしれない。

ただ、神聖ローマ帝国皇帝の帝位は、カトリックローマ教皇が授けるという形で正当化されている。
だから、ローマ教皇の権威が崩壊すると、ローマ皇帝の権威も崩壊するんだ。

ところで、ルター派はこのやり方をそもそも否定し、「神聖ローマ帝国皇帝はオーストリア人がやるべき」と言い出しただけ。

で、ピューリタンが、地動説を支持するのは自然な流れ。人権を中心に考える人々だから。

>>、「神聖ローマ帝国皇帝はオーストリア人がやるべき」と言い出しただけ。
これがちょっと違うかな。

カトリックだとオーストリア人の世襲制になるから、ドイツ人にもやらせろと言い出したのがルターかな?www

俺はドイツが嫌いだ。
俺は日本が嫌いだ。


[1]
[kotobank]
宗教改革
https://kotobank.jp/word/%E5%AE%97%E6%95%99%E6%94%B9%E9%9D%A9-76847
しかし、帝国追放刑を受けたルターは、彼の国主ザクセン選帝侯フリードリヒ賢侯の保護を受け、ワルトブルク城に一時身を隠してしまった。

選帝侯の保護とは裏腹に、国民各階層はこのころよりルターの教説を独自に解釈し、ルターから離反することになった。
ルターのお膝元(ひざもと)であったウィッテンベルクでは、1521年カールシュタットが教会慣習の具体的変革を目ざし、いわゆるウィッテンベルク騒擾(そうじょう)を引き起こした。
1522年にはジッキンゲンに率いられた帝国騎士が「騎士の乱」を起こし、1524年には農民戦争(ドイツ農民戦争)が勃発(ぼっぱつ)した。
農民たちは村落による牧師の任免権、十分の一税の廃止、農奴制の廃止、諸負担の軽減、共有地の確保などを、聖書を盾に要求して、蜂起(ほうき)した。
当初、ルターは農民の要求を全面的には否定しなかった。部分的には農民の肩をもち、領主側に譲歩を求め、仲裁裁定的解決を提案していた。
しかし、ミュンツァーがチューリンゲン地方の農民を率いて、社会体制の変革を目ざしていると気づくと、農民の徹底的弾圧を諸侯に呼びかけた。
『反乱を起こす霊の持ち主についてザクセン諸侯へ』(1524)ではミュンツァーの暴動的性格を説き、『農民の殺人、強盗団に抗して』(1525)では領主たちを鼓舞激励して反乱農民の徹底的殺戮(さつりく)を唱えさえした。
農民たちの主張、行動は、霊的事柄と世俗的事柄の混同にあり、両者の明確な区別のうえにたてられたルターの世界観に反していたからである。

ルターは、1525年には人文主義者の雄エラスムスともたもとを分かった。
人文主義なくして宗教改革なし」といわれるように、当初人文主義者はルターを支持し、共同戦線を張っていた。
しかし、ルター破門が確定するころより、人文主義者たちは、ルターを支持する者とカトリックにとどまる者とに分かれていったが、
エラスムスの『自由意志論』(1524)、それにこたえたルターの『奴隷意志論』(1525)の応酬によって両者は決定的に離別した。
このように国民各階層がルターの改革運動から離脱すると、改革運動は領邦諸侯と緊密に結び付いていった。

ツウィングリの改革
ツウィングリは、「私たちの地方の人が誰(だれ)もルターの名を聞くはるか以前の1516年に、私はキリストの福音(ふくいん)を説教し始めました」と主張し、ルターとは別個に信仰による義認を再発見して改革に取り組んだことを強調している。
また、ツウィングリの改革方式は、都市の市民的、政治的伝統に適合的であった。「都市は宗教改革運動の母体、本来的な社会基盤とみなさねばならない」(メラー)と説かれているが、チューリヒ宗教改革は、都市における最初の成功例であった。
したがって、チューリヒの改革方式は他の諸都市の見習うところとなった。その改革方式は、公開討論会方式といえるものである。
都市は領邦諸侯の場合とは異なり、縦の支配関係ではなく、横の仲間的団結に基づく政治が基本軸であった。
宗教改革を実施する場合にも、たてまえのうえでは市民の総意に基づいてという仲間的関係にのって行われる必要があった。
それを実現する方式が、公開討論会である。
これは、まさに万人司祭主義の原理を実現し、カトリック教会から自立して俗人たる市民も参加して改革を推進できる方式でもあった。
しかし、いったん結論が引き出されると、都市当局者は改革者と協力して上からの改革統一を図って新教会を樹立していった。

一方、改革者と都市当局者とが手を携えた形で改革が行われることに不満を抱き、徹底的な改革を速やかに行うべきことを主張する人々が現れた。
ツウィングリを取り巻くチューリヒの若い知識人たちが徹底した聖書主義と急進的改革とを求めて始めたこの運動は、悔悛(かいしゅん)した者たちのしるしとして再洗礼(成人洗礼)を実施して、再洗礼派運動としてまたたくまに都市民衆や農民戦争敗北後の鬱屈(うっくつ)した状況にいた農民の心をとらえていった。

宗教改革の政治化
宗教改革は、民衆的性格を弱めるにつれて、政治的闘争の色を濃くしていった。
皇帝軍は敗北し、1555年にアウクスブルクの和議を締結するに至った。この結果、領邦君主はカトリックルター派かのどちらかの宗派を選び、それを臣下に強制する権利が認められた。帝国都市は、両派併存が認められ、どちらか一方に決めることは許されなかった。
しかし、その場合でもツウィングリ派、カルバン派、再洗礼派を選ぶ信仰の自由はなかった。[森田安一]

カルバンの改革
ルター、ツウィングリの改革が、結局は国家教会体制の樹立に終わったのに対して、カルバンによるジュネーブ宗教改革が新しい型の改革を展開した。
彼は、都市ジュネーブにとってはよそ者であり、市民的、都市政治的伝統の外にたっていた。
ツウィングリのように都市当局との癒着状態はおきず、生涯を通じて都市当局と緊張、対立関係を維持した。
カルバン神学の特徴である教会(宗教)と国家(政治)の分離、区別の外的条件がここにあった。
そのうえに、彼の神学思想が作用した。
彼は自律的教会訓練、「不品行者を教会から除外、または治癒、矯正する方策」を教会に確保することに心血を注ぎ、教会政治の職制としての「長老制」を確立させた。
それにより、市民は厳しい公共道徳を要求され、市民生活の隅々まで厳格な規律が求められた。
カルバン思想の集大成である『キリスト教綱要』(1536年、決定版は1559年)は神の聖なる教えとして市参事会によって認められ、ジュネーブ宗教改革は確立をみた。

一方、カルバンの教えはおもに新興市民層、中産的生産者層に担われて各国に広まり、スコットランドではプレズビテリアンズ(長老派)、イングランドではピューリタン清教徒)、フランスではユグノー、オランダではゴイセンとよばれる教派を形成した。
カルバン派の勢力より優勢な宗派が存在したこれらの国々では、彼らは「神の道具」意識に基づき、積極的な行動主義をとった。
能動的抵抗運動を展開し、信仰の自由のために、あるいは民族運動と結合し国の独立のために戦い、ヨーロッパ近世の歴史を動かした。
フランスからの独立運動と絡んだスコットランド宗教改革は、ノックスに指導された。
彼は、亡命中にカルバンを知り、故郷にカルバン的宗教改革をもたらし、自ら『スコットランド信仰告白』を起草した。
オランダでは、スペインの過酷な支配から独立する運動と宗教改革運動とが結合した。
1566年、カルバン派の教会会議は蜂起(ほうき)を支持し、血みどろの戦いが行われた。
北部地方はユトレヒト同盟に結集して、あらゆる信仰強制に対する抵抗が誓われ、最終的にカルバン派の厳しい教会規律が打ち立てられ独立も達成した。
フランスでは、宗教改革は王権と貴族の政治闘争に完全に巻き込まれた。
1572年のサン・バルテルミーの虐殺(2万~5万人)にもかかわらず、ユグノー教徒は貴族と同盟し、教会の組織化も着実に進めていった。
1598年のナントの王令で、改革派教会もしばらく容認されることになった。

イギリスの宗教改革
イギリスの宗教改革の発端は、宗教的要素よりも政治的要素や国王の離婚問題にあり、他国とは異なった経過をたどった。
チューダー朝第2代目の国王ヘンリー8世は、1521年にルター批判の書『七秘蹟(しちひせき)の確立』を著し、教皇から「信仰の擁護者」の称号を受けるほどであったが、王后キャサリンとの離婚を教皇に許可されなかったため、一転してローマ教会からの分離を宣言した。
いわゆる宗教改革議会(1529~1536)を開催し、多数の反ローマ的議会立法を成立させた。
1534年には「国王至上法」(首長令)を制定して、国王は「イギリス教会の地上における最高の首長」となった。
教会組織面では、カトリック教会から分離してイギリス国教会イングランド教会)が成立したが、教義や儀式面では「六か条法」(1539)に典型的に見られるようにカトリック的であった。
エリザベス1世中道主義は、平安の道を歩んだわけではない。国教忌避者はカトリックだけではなく、ピューリタンのなかにもいた。1560年代からまさに非難の意味を込めてピューリタンとよばれたカルバン教徒は、教会への国家の影響行使に同意せず、国教会の内部に長老会制度の樹立を企てた。
さらには、単一教会の自律性を主張した会衆派が生まれ、そのなかの分離派は国教会からの分離、独立の教会組織を目ざした。


世界大百科事典内の宗教改革の言及

【イギリス】より
アメリカでは,政教分離が自明の理と考えられているが,ヨーロッパでは長い間,一つの国(あるいは領邦)には一つの教会しか認められなかった。
したがって,〈イングランドの教会〉は,宗教改革まではローマ・カトリック,その後ピューリタン革命まではアングリカン・チャーチ,共和政時代までは長老派教会,王政復古後はまたアングリカン・チャーチと内容を変えた。このような変化はすべて議会の制定法によって行われた。…


https://kotobank.jp/word/%E5%AE%97%E6%95%99%E6%94%B9%E9%9D%A9-76847
この宗教改革運動は、カルバンの登場により新展開をみて、ヨーロッパ各地に広がってゆく。


[1]
つまり、ルター派は皇帝制度を擁護しているんだろ?
(領邦制度で封建社会で選帝侯だろとかいう突っ込みはさておき)


[1]
主教制
http://www.y-history.net/appendix/wh0903-057_1.html
イギリス国教会の教会制度。国王を首長とし、主教が教会を監督する。
エリザベス1世の時に定められた、イギリス国教会の教会制度。監督制ともいう。
国王を首長(教会の最高の統治者)とし、その下にカンタベリーとヨークの二つの大主教区をおき、その下にいくつかの主教(監督)をおいて、
階層的に教会を監督・統制する。カトリックの司教制度に近いものであり、
ルター派でも同様な教会組織が採用されていたが、カルヴァン派系のピューリタンはこの制度に強く反発した。


[1]
宗教改革っていうと、ルターって条件反射するけど、イギリスの場合はルター派はいないだろ。


[1]
イギリスの宗教改革
http://www.y-history.net/appendix/wh0903-048_0.html
16世紀のヘンリ8世の離婚問題に端を発し、イギリスの教会はローマ教会からの分離独立し、エリザベス1世の時に徳爾の国教会を樹立した。
イギリス(イングランド)の宗教改革は、テューダー王朝の1534年、ヘンリ8世の王妃離婚問題から始まるという特異な形態をとった。
信仰の内容での革新運動は伴わず、ローマ教皇とその勢力下にある教会および修道院との政治的対立という形で進んだ。
メアリ1世の時にはカトリックに復帰するなどの混乱をへて、1559年にエリザベス1世の諸改革によってイギリス国教会制度が確立した。

宗教改革の先駆
イギリスの宗教改革の先駆者としては14世紀に最初の聖書の英語訳を行い、ローマ教会を批判しコンスタンツ公会議で異端と断定されたウィクリフがいるが、運動としては連続性はない。

ヘンリ8世の改革
:1517年、ドイツにおいてルターが宗教改革をはじめてその思想はイギリスにももたらされたが、ヘンリ8世はルターの教説を認めず、それを弾圧したのでローマ教会から「信仰の擁護者」の称号を与えられたほどであった。
そのヘンリ8世は王妃離婚問題でローマ教皇と対立することとなり、その機会に絶対王政の強化をめざして、教会を国王に服従させようとしたのだった。
1534年の首長法(国王至上法)で国王を教会の唯一の最高指導者と認めさせ、さらに修道院を解散してその財産を没収した
これによってイギリス国教会が成立したが、この段階では教義・儀式ではローマカトリックと大差はなかった。

エドワード6世の改革とメアリ1世の反動
:ヘンリ8世の子のエドワード6世の時、プロテスタントの教義を取り入れた「一般祈祷書」と信仰箇条が制定されたが、
つづいて王位を継承したメアリ1世は、夫がスペイン王フェリペ2世であったこともあってカトリック信者であり、カトリックに復することを強行した。

エリザベス1世の改革
エリザベス1世は宗教統制を確立することによって絶対王政の安定を図る必要に迫られ、メアリ1世のカトリック政策を一掃して国教会の立場に立つことを明らかにし、
さらに1563年には信仰箇条を確定して国教会による宗教統制を徹底した。これによってイギリスの宗教改革は完成したと言うことが出来る。
カトリックとの訣別は1588年にスペインの無敵艦隊を破ったことによって決定的となった。

イギリス国教会の特質
:エリザベス1世の時期に確立したイギリス国教会は特異な性格を持っていると言える。
その教義は、人が信仰によってのみ義とされることを説き、聖書を信仰の唯一の根拠とし、予定説を認めるなどカルヴァン派に近いものがあるが、
しかし儀式面では白い聖職者の制服着用や、聖餐の際の跪拝(ひざまずく)などカトリック教会の要素を残し、
教会制度ではイギリス国王が教会の最高の統治者となり、その下に大主教・主教・副主教・司祭長・司祭という主教制度を採っており、この面ではカトリックおよびルター派と近かった。

その後のイギリスの宗教対立
:しかしイギリスではその後も宗教的な対立がつづく。カトリック勢力も根強く、プロテスタント(新教)も国教会(アングリカン=チャーチ)と
非国教会(カルヴァン派の流れを汲むピューリタンプレスビテリアンなど)とに分かれ、それが政治的な対立となって17世紀のイギリス革命に突入していく。

イギリス革命
http://www.y-history.net/appendix/wh1001-031.html
17世紀に起こったピューリタン革命、


[1]
人によっても説明が異なるな。対象がずれているというか大きい話につなげたり宗教だけ掘り下げて限定したり。

コトバンク
https://kotobank.jp/word/%E5%AE%97%E6%95%99%E6%94%B9%E9%9D%A9-76847
ルターに始まる16世紀の宗教改革は、新しい信仰原理に基づく改革を図ったが、結果的にキリスト教会を分裂させ、プロテスタント教会を樹立させることになった。
この宗教改革運動は、カルバンの登場により新展開をみて、ヨーロッパ各地に広がってゆく。
そのころヨーロッパの主要各国では、中央集権的国家が形成されつつあり、この形成過程に宗教改革運動は繰り込まれざるをえなかった。
各国の政治事情によってその展開様相はさまざまな変化をみせるが、国王権力の絶対化に貢献する場合もあれば、国の独立運動の思想的主柱になったり、良心の自由を生み出し、近代化に貢献する側面もみられた。[


[1]
現実の世界では、水戸黄門と悪代官は裏でつるんでいるんだぞwww

「悪逆の限りを尽くす悪代官」を「水戸黄門」が改心させたと芝居する。
そうするとお前らは、水戸黄門を伏し拝むようになるwww

星新一とかにもあったような気がするけどwww
ウルトラマンと怪獣がつるんでいる」んだったかな?www科学特捜隊がつるんでんだったかな?www

カスミガセキを解体しないと解決しない。テンノー制度廃止しないと解決しない。
だから権力分散で地方分権。オマエラ日本人に民主主義は無理なんだよ。

(例1)
首切り役の幹部と、社長。
オマエラにギャーギャ説教する幹部に対し、社長が「まあまあ」といなすと社長の株が上がるだろw
落語とかだと、「鬼番頭」と「世襲制の頼りない2代目」なるかな?www

(例2)
スマホと総○省。
総○大臣が、庶民を慮っている芝居ができるだろ。

(例3)
NHK総務省


[1]
ヨーロッパ中で迫害されまくったピューリタンの一派がイギリスからアメリカ新大陸に亡命した。
メイフラワー号の話。
難破船状態で漂流してついて、その年の冬は越せずに餓死しまくり、
ネイティブアメリカンの方にトウモロコシの作り方を教わって飢えをしのいだ。これが、感謝祭のお話。

[Wikipedia]
感謝祭
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%84%9F%E8%AC%9D%E7%A5%AD
感謝祭の由来
感謝祭は、イギリスからマサチューセッツ州プリマス植民地に移住したピルグリム・ファーザーズの最初の収穫を記念する行事であると一般的に信じられている。
ピルグリムプリマスに到着した1620年の冬は大変厳しく、大勢の死者を出したが、
翌年、近隣に居住していたインディアンのワンパノアグ族からトウモロコシなどの新大陸での作物の栽培知識の教授を得て生き延びられた。
1621年の秋は、特に収穫が多かったので、ピルグリムファーザーズはワンパノアグ族を招待して、神の恵みに感謝して共にご馳走をいただいたことが始まりであるとされる。

アメリカ合衆国の感謝祭[編集]
感謝祭は、祝日となるアメリカ合衆国の祝祭日(National Holiday)のひとつである。



[1]
で、メイフラワーからたった16年後にハーバード大学を作っている。
恐らくエリート養成校ではなかったろうし、今とは全く異なる存在だったはずだ。
ニューヨークタイムズでも「大学とは何かどういう存在だったか」議論されている。

[Wikipedia]
マサチューセッツ州
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%B5%E3%83%81%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%BB%E3%83%83%E3%83%84%E5%B7%9E
アメリカ合衆国の州であり、北東部ニューイングランド6州の1つでもある。
南はロードアイランド州コネチカット州、西はニューヨーク州、北はバーモント州ニューハンプシャー州に接している。東は大西洋である。
マサチューセッツ州アメリカ史の中で各分野にわたって重要な役割を演じてきた。
1620年、メイフラワー号の乗船客ピルグリムによって、プリマス植民地が設立された。
1636年に設立されたハーバード大学は国内最古の高等教育機関である。
18世紀後半には、アメリカ独立戦争とイギリスからの独立に繋がる扇動によって、ボストンは「自由の揺籃」とも呼ばれた。


[1]
お前らの国が嘘をついて、稼いだカネで世界中のトップ1%を買収しまくっているんだ。迷惑だからやめろ。
お前等日本は悪の帝国だ。
お前等日本は民主主義の敵だ。
明治維新を正当化し、権力闘争を正当化するために、活動し続けている勢力」が日本には、いるんだ。


[1]
アメリカ合衆国の99%や俺を巻き込むなよ。
アメリカのご先祖様は、難破船で漂着して餓死しまくって、16年後に学校建てて喜ぶヤツラだぞwww
アメリカのご先祖様がクソまじめでよかったwww

アメリカ合衆国の99%は、俺を人間扱いしてくれて、俺に人権をくれるらしい。
バイバイ。
俺はアメリカ人になる。

ああ、今のハーバードやら大学は嫌いだ。、
今のハーバードやら大学は、ただの権力者の犬だろwww

日本が滅んだほうが今より世界は「まし」になると思う。


[1]
イギリスの味方をする気は毛頭無いけれど。俺はアメリカ合衆国の99%の味方をする。

そもそも君達日本人が日本のオリジナルだか伝統だか文化と称している
「苦労して立身出世」物語
だって、イギリスのパクリだろ。しかも日本の都合よく改ざんしている。アメリカは地方分権だから「出世のオチ部分」が日本とは異なる。

ピューリタン文学だか、ヴィクトリア朝文学というらしいぞ。オマエラ高校で習うんだろ?www

日本の伝統は、紫式部だったり、貴族文化を伏し拝んでありがたがる文化だろwww
あるいは儒教思想だろwww

チャールズ・ディケンズ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%B1%E3%83%B3%E3%82%BA
1812年2月7日 - 1870年6月9日)は、ヴィクトリア朝時代を代表するイギリスの小説家である。
主に下層階級を主人公とし弱者の視点で社会を諷刺した作品を発表した。
英国の国民作家とも評されていて、1992年から2003年まで用いられた10UKポンド紙幣に肖像画が描かれている。
オリバー・ツイスト』『クリスマス・キャロル』『デイヴィッド・コパフィールド』『二都物語』『大いなる遺産』などは、
忘れ去られることなく現在でも度々映画化されており、英語圏外でもその作品が支持され続けていることを反映している。


[New York Times]DEC. 23, 2010 Paul Krugman
The Humbug Express
http://www.nytimes.com/2010/12/24/opinion/24krugman.html
Hey, has anyone noticed that “A Christmas Carol” is a dangerous leftist tract?
I mean, consider the scene, early in the book, where Ebenezer Scrooge rightly refuses to contribute to a poverty relief fund.
“I’m opposed to giving people money for doing nothing,” he declares.


[1]
日本の読み書き識字率は低かっただろ。欧米は聖書読むから、聖書を英語で書いたのが宗教改革の発端。元々はラテン語とかギリシャ語だ。
日本には活版印刷無かったし。
日本には浮世絵や瓦版ぐらいしかなかっただろ。
浮世絵はエロ本だぞ


[1]
テレビ見てないとネトウヨなんだろ?www何のテレビを見てるんだお前ら日本人は?www

チャールズ・ディケンズ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%B1%E3%83%B3%E3%82%BA
主要作品[編集]
クリスマス・キャロル(A Christmas Carol、1843年)

クリスマス・キャロル (小説)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%9E%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%AD%E3%83%AB_(%E5%B0%8F%E8%AA%AC)
関連項目
3人のゴースト(現代風のアレンジ版映画)

3人のゴースト
https://ja.wikipedia.org/wiki/3%E4%BA%BA%E3%81%AE%E3%82%B4%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%88
『3人のゴースト』(Scrooged)は、1988年に製作されたビル・マーレイ主演のクリスマス・ファンタジー

ビル・マーレイ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%93%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%83%AC%E3%82%A4
主な作品
サタデー・ナイト・ライブ
ゴーストバスターズ
『3人のゴースト』


[1]
チャールズ・ディケンズだって見ようによっては、
「苦労しろ、耐えろ、忍耐だ、我慢だ」
って上級国民の味方しているだけかもしれないけどwww

まあ、少なくとも現代で引用されるときはそう偏向報道されるだろうなwww


[1]
オマエラ日本人は重商主義者だろ。下手すると重金主義者レベルだろwww

オマエラ日本人はいくら偉そうに薀蓄たれようがどうしようが無駄だろうがwww

違うというなら、日本は、今すぐ日本の内需を拡大し日本の金融を緩和し日本をバブル経済にしろ。

アメリカ合衆国は金融を引き締め内需を縮小する。アメリカ合衆国モンロー主義になり軍事費を減らし米軍を全世界から引き上げる。

アメリカ合衆国と日本は、正反対の政策を取らないと意味が無いだろ。


オマエラ日本人はさあ、一体何の勉強をして、なにえらそうに薀蓄たれてるわけ?
で、経済学者とか名乗って論文書くとか言ってんの?wwwオマエラ日本人は、オ○カタ以下だろうがwww

オマエラ日本人は重商主義者なんだけどwww
その勉強や研究全部無駄だからwww
税金返せよ、ゴクツブシども。


[10]
私はアメリカ人になるのでアメリカ合衆国の99%を守る
だから、
日本は日本でもっと金融緩和をし、日本をバブル経済にし、日本の内需を拡大し、
日経平均を500万円にし、1ドル500円の円安ドル高にし、日経平均を500万円にし、
日本を軍拡し、日本を競争社会にし、
日本を貿易赤字と経常収支赤字を持つ工業製品を輸入する債務国にしろ
結果として、円安ドル高になる
目安として、1ドル500円になるまで緩和しろ

今すぐ、日本は、日本でのみ、外国人労働者を完全自由化しろ。
今すぐ、日本を多民族国家にしろ。

日本は、今すぐ、日本の金融を緩和し、日本の内需を拡大し、
日本を軍拡し、日本の自動車産業をつぶし、
日本を構造改革し、日本をサービス業・観光・金融で食べていく国にしろ
早く、日本に、ゼネコンや土建事業を復活させろ
日本に、ゼネコンや土建事業が足りないぞ

アメリカはモンロー主義になるのだ。
アメリカ軍を全世界から引き上げよう。

日本は今すぐ滅んだ方が良いのではないかといつも思う。