IbrahimLumumbaOmar’s blog.I will be a Red Guards.

Omar Fanon. Patrice Lumumba. Chama Cha Mapinduzi. Japan must apologize and pay compensation payments for sex slaves during and before World War II. I am a Maoist and Leninets.日本は悪。米国は悪。西欧は悪。

毛沢東の言葉。

毛沢東の言葉。

 

毛沢東も、

「帝国主義と結託した全ての軍閥、官僚、買弁階級、大地主階級および彼らに従属する一部の反動的な知識人は、我々の敵である」

「どんな人でも革命的人民の側に経つならその人は革命派であり、どんな人でも帝国主義、封建主義、官僚資本主義の側に経つなら、その人は反革命派である。どんな人でも口先だけは革命的人民の側に経ち、行動の上では全く違っているなら、その人は口先だけの革命派であり、もしも口先だけでなく、行動の上でも革命的人民の側に立つなら、その人は徹底した革命派である」

「帝国主義者と国内の反動派は決して彼らの失敗に甘んぜず、なお最後のあがきをするだろう。全国平定後も、彼らは様々な方法で破壊と撹乱に従事し、時々刻々中国でその復活を企むであろう。これは必然的であり少しも疑う余地がなく、我々は絶対に自己の警戒を緩めてはならない」

「我々は、ブルジョアジー、小ブルジョアジーの思想に対し、なお長期に渡る闘争を進めなければならない。この状況を理解せずに思想闘争を放棄するなら、それは誤りである。間違った思想、毒草、妖怪変化は全て批判すべきであり、絶対にそれらを自由に氾濫させてはならない。しかしこうした批判は、道理をつくし、分析を加え、説得力を持ったものでなければならず、粗暴な、官僚主義的なもの、あるいは形而上学的な、教条主義的なものであってはならない」

「マルクス主義の基本原則は背くことのできないものであり、それに背くなら間違いを犯すことになる。形而上学的な観点でマルクス主義を扱い、それを死んだものと見るなら、それは教条主義である。マルクス主義の基本原則を否定し、マルクス主義の普遍的真理を否定するなら、それは修正主義である。修正主義はブルジョア思想である。修正主義者は社会主義と資本主義との区別を抹殺し、プロレタリアート独裁とブルジョア独裁の区別を抹殺している。彼らが主張しているのは実際には社会主義路線ではなく、資本主義路線である。現在の状況のもとでは、修正主義は教条主義よりも一層有害なものである」

「修正主義あるいは右翼的日和見主義はブルジョア思想であり、それは教条主義よりもさらに大きな危険である。修正主義者、右翼日和見主義者もまた、口先ではマルクス主義を唱え『教条主義』を攻撃する。だが、彼らが攻撃するのは、まさにマルクス主義の最も根本的なものである」

「このような人々は我々のこのプロレタリアート独裁の国家を好まず、旧社会に未練を持っている。彼らは、機会さえあれば、波乱を巻き起こし、共産党を覆し、旧中国を復活させようと考えている。これは、プロレタリアートとブルジョアジーの2つの路線、社会主義と資本主義の2つの路線のうち、頑なに後の路線を歩もうとしている人々である。この、後者の路線は実際には実現不可能なので、彼らは実際には、帝国主義、封建主義、官僚資本主義に投降しようとしている人々である。政界、工商業界、文化・教育界、科学・技術界、宗教界のいずれにもこのような人々はいるのであり、それは極めて反動的な人々である」

「協同組合は、できてからも、なお、多くの闘争を経なければ、自己を強化することはできない。強化された後でも、ちょっとでも手を緩めると、また潰れてしまう可能性がある」

「階級闘争、生産闘争、科学実験は、強大な社会主義国を建設するための三つの偉大な革命運動であり、それは共産主義者に官僚主義を取り除かせ、修正主義と教条主義になることを回避させ、永遠に不敗の地に立たせる確固とした保証であり、また、プロレタリアートに広範な勤労大衆と結びつかせ、民主主義独裁を実行させることのできる確かな保証である」

「反革命分子を粛清する問題は、敵味方の矛盾の闘争の問題である」

「敵味方の問題も一種の是非の問題だ。例えば、我々と、帝国主義、封建主義、官僚資本主義などの内外の反動派とは、一体どちらが正しく、どちらが正しくないのかということも、やはり是非の問題である」

「我々は、彼らが表現するのを強圧的な方法で押さえつけてはならず、彼らに表現させるべきであり、同時に、彼らが表現した場合に、彼らと討論し、適切な批判を加えるべきである。疑いもなく、我々は種々様々な誤った思想を批判しなければならない、批判を加えず、誤った思想が至るところに氾濫するのを見過ごし、それらが市場を占領するままに任せておくのは、もちろんいけない。誤りがあればこれを批判し、毒草があればこれと闘争しなければならない。だが、この批判は教条主義的であってはならず、形而上学的な方法を用いてはならず、できる限り弁証法的な方法を用いるように務めるべきである。科学的な分析が必要であり、十分な説得力が必要である」

「社会主義内部の反動派と帝国主義者は互いに結託し、人民内部の矛盾を利用し、離間挑発を図り、波乱を巻き起こし、彼らの陰謀を実現しようとした。ハンガリー動乱のこうした教訓に対しては、全員が注意を払うべきだ」

「戦争 --- それは私有財産と階級が発生してから始まった階級と階級、民族と民族、国家と国家、政治集団と政治集団との間の、一定の発展段階での矛盾を解決するために取られる最高の闘争形態である」

「『戦争は政治の継続である』、この点から言えば、戦争とは政治であり、戦争そのものが政治的性質を持った行動であって、昔から政治性を帯ない戦争はなかった・・・だが、戦争にはその特殊性があり、この点から言えば、戦争がそのまま政治一般ではない。『戦争は別の手段による政治の継続である』。政治が一定の段階にまで発展し、もうそれ以上従来どおりには前進できなくなると、政治の途上に横たわる障害を一層するために戦争が勃発する。・・・障害が一層され、政治目的が達成されれば、戦争は終わる。障害がすっかり一掃されないうちは、目的を貫くために、戦争は依然として継続されるべきである。・・・したがって、政治は血を流さない戦争であり、戦争は血を流す政治であると言える」

「歴史上の戦争は二つの種類に分けられる。一つは正義の戦争であり、もう一つは不正義の戦争である。全て進歩的な戦争は正義のものであり、進歩を阻む戦争は不正義の戦争である。我々共産党員は、進歩を阻む全ての不正義の戦争に反対するが、進歩的な正義の戦争には反対しない。後者対しては我々共産党員は反対しないばかりか、積極的に参加する。前者、例えば第一次世界大戦では、双方とも帝国主義の利益のために戦ったので、全世界の共産党員はその戦争には断固として反対した。反対する方法は、戦争が勃発するまでは、極力その勃発を阻止することであるが、既に勃発した後には、その可能性さえあれば、戦争によって戦争に反対し、正義の戦争によって不正義の戦争に反対することである」

「階級社会では、革命と革命戦争が不可避であり、それなしには、社会発展の飛躍を達成できないし、反動的支配階級を打倒して人民に権力を握らせることもできない」

「共産党員の一人ひとりが『鉄砲から政権が生まれる』という真理を理解すべきである」

「我々を『戦争万能論』だと笑うものがいるが、その通り、我々は革命戦争万能論者である。それは悪いことではなく、良いことであって、マルクス主義だ。ロシア共産党の鉄砲は社会主義を作り出した。我々は民主共和国を作ろうとしている」

「我が国と社会主義国は平和を必要としており、世界各国の人民も平和を必要としている。戦争を熱望し、平和を欲しないのは、少数の帝国主義国の中の、侵略によってぼろ儲けをする一部の独占資本集団だけである」

「我々は平和を望んでいる。しかし、もしも帝国主義があくまでも戦争をしようとするなら、我々も腹を決めてかかり、戦争をしてから建設する他無い。毎日戦争を怖がっていても、戦争がやってきたらどうしようもないではないか」

「帝国主義、封建主義、官僚資本主義の中国における支配を覆すために、百余年の時を費やし、ついに勝利を勝ち取った」

「私はかつて、強大だと言われる全ての反動派は、どれもこれも張子の虎に過ぎないと言った。その理由は、彼らが人民から乖離していることにある。見たまえ、ヒトラーは張子の虎だった。ヒトラーも打倒された。私はまた、ツアーリは張子の虎であり、中国の皇帝は張子の虎であり、日本帝国主義は張子の虎であると言ったが、見たまえ、皆倒れてしまった。米帝国主義は倒れておらず、まだ原子爆弾を持っているが、私の見るところでは、これも倒れるし、やはり張子の虎である」

「米帝国主義は、我が領土の台湾を侵略占領してきた。先ごろはまた軍を派遣しレバノンを占領した」

「米国独占資本集団は、その侵略的政策と戦争政策をあくまで推し進めるなら、いつかは必ず全世界の人民から絞首刑にされる」

「世界には現在2つの風、すなわち西風と東風がある。中国には、『東風が西風を圧倒するか、西風が東風を圧倒するかのどちらかである』ということわざがある。私は、当面の情勢の特徴は、東風が西風を圧倒していること、つまり、社会主義の力が帝国主義の力に対して圧倒的な優勢をしめていることである」

「全世界人民は団結し、アメリカ侵略者とその全ての手先を打ち破ろう」

「人類の歴史では、滅亡しようとする反動勢力は、常に革命勢力に対して最後のあがきをするものであるが、一部の革命的な人々も、ある時期には、とかくこうした見掛け倒しの現象に惑わされ、敵がまもなく消滅され、自分がまもなく勝利するという実質が見抜けないことがある」

「もし彼らが戦いたいと言うなら、彼らを徹底的に殲滅するまでである」

「攻撃してくるものがあっても、条件が戦闘に有利な限り、我が党は必ず自衛の立場に立って、断固として、徹底的に、きれいに、全部これを消滅するだろう (軽率に戦ってはならない。戦うからには、必ず勝たなければならない。絶対に反動派のいたけだかな勢いに飲まれてはならない)」

「我々自身の願望について言えば、我々は、ただの一度も戦いたくはない。だが、情勢に迫られて、どうしても戦わないわけにはいかないとすれば、我々は最後まで戦うことができる」

「革命戦争は大衆の戦争であり、戦争をするには大衆を動員する以外になく、戦争をするには大衆に依拠する以外にない」

「本当の金城鉄壁とはなにか。それは大衆である。まごころから革命を支持する何百何千万の大衆である。これが、どのような力にも打ち破られない、全く打ち破られることのない、本当の金城鉄壁である。反革命は我々を打ち破ることはできないが、我々は反革命を打ち破らなければならない」

「赤軍が戦争するのは、単に戦争のために戦争するのではなく、大衆に宣伝し、大衆を組織し、大衆を武装し、大衆を助けて革命政権を樹立するために戦争するのである。大衆に対する宣伝、組織、武装および革命政権樹立などの目標を離れては、戦争することの意義が失われ、赤軍が存在することの意義も失われる」

「我々の原則は、党が鉄砲を指揮するのであって、鉄砲が党を指揮するのを決して許すのではない」

「我々が偉大な人民解放軍であり、偉大な中国共産党の指導する軍隊であることを、我が全軍は常に銘記しなければならない。絶えず党の指示を守っていく限り、我々は必ず勝利する」

「党委員会制度は、集団指導を保証し、個人の一手請負を防ぐ、党の重要な制度である。最近、一部の (もちろん全部ではない) 指導機関では、個人が一手に請負、個人で重要問題を解決する風潮が甚だ濃厚である。重要問題の解決が、党委員会の会議で決定されるのではなく、個人により決定され、党委員会の委員は、あってもないのと同じである。委員間の意見の相違も解決しようがなく、また、これらの相違は解決されないまま長い間放置されている。党委員会の委員の間にもたらされているのは形式上の一致に過ぎず、実質上の一致ではない。こうした状態はぜひ改めなければならない。今後は、中央局から地方委員会に至るまで、前線委員会から旅団委員会および軍区 (軍事委員会分会または指導班)、政府内の党グループ、民衆団体内の党グループ、通信社および新聞社内の党グループにいたるまで、全て健全な党委員会の会議制度をうちたて、一切の重要問題 (もちろん重要でない小さな問題、または既に会議で討議され、解決されて実施を待つばかりになっている問題のことではない) は全て委員会の討議にかけ、会議に出席した委員が十分に意見を述べ、明確な決定をおこなってのち、みんなで手分けして実行に移さなければならない。・・・委員会はまた常任委員会と総会の二つに分けるべきで、一緒にしてはならない。この他、更に、集団指導と個人責任制に注意すべきで、この二つはどちらに偏ってもいけない」

「党委員会の書紀は、『班長』の役が務まらなければならない。党の委員会は十名ないし二十名いて、軍隊の一つの班に似ており、書紀は『班長』のようなものである。この班をうまく導いていくのはたしかに容易なことではない。いま各中央局、分局は全て大きな地域を指導し、重い任務を担っている。工作を指導するには、方針、政策を決めなければならないばかりでなく、更に正しい工作方法も決めなければならない。正しい方針、政策があっても、工作方法をおろそかにすれば、やはり問題が起こる。党委員会がその指導の任務を全うするには、党委員会という『全班員』にたより、彼らの役割を十分に発揮させなければならない。書紀が『班長』を立派に務めるには、よく学び、よく研究しなければならない。書紀、副書記が、自分の『全班員』に対して宣伝工作と組織工作をやることに注意せず、自分と委員との関係をうまく処理することができず、会議をどのようにして成果のあるものにするかを研究しないならば、この『全班員』をうまく指揮することも非常に困難となる。この『全班員』の足並みが揃わないようでは、いく百万いく千万の人々を率いて戦争したり、建設したりすることなどできるものではない。もちろん、書紀と委員との間には、少数が多数に服従するという関係であって、班長と兵士の関係とは違う。これは一つの例えに過ぎない」

「問題を会議の席に持ち出さなければならない。『班長』がそうしなければならないばかりでなく、委員もそうしなければならない、影でとやかく言ってはならない。問題があれば会議を開き、その席に持ち出して討議し、いくつかのことを決めれば、それで問題は解決する。問題があっても会議に持ち出さなければ、長いあいだ解決されず、中には何年間も持ち越されるものさえある。『班長』と委員はまた了解しあわなければならない。書紀と委員、中央と各中央局、各中央局と区党委員会の間の、了解、援助、友情は何よりも大切である」 

「わからないことや知らないことは、下級のものに聞くようにし、軽々しく賛成または反対の意を示してはならない。・・・我々は決して知らないのに知ったようなふりをしてはならないし『下問を恥じない』ようにし、下級幹部の意見によく耳を傾けるようにしなければならない。まず生徒になってから先生になり、まず下級の幹部に教えを乞うてから司令を出すようにする。・・・下級幹部の言葉には正しいものもあれば、正しくないものもあるから、聞いた上で分析を加えなければならない。正しい意見には、必ず耳を傾け、そのとおりに事を運ばなければならない。・・・下からくる間違った意見にも耳を傾けなければならない。ただ、聞いても、そのとおりにするのではなく、その上、これに批判を加えるようにする」

胸に「数字」をいれておくこと。つまり、状況または問題について、必ずその量の面に注意し、基本的な量の分析を行っていなければならない。どのような質も全て一定の量として現れるもので、量がなければ質もない。我々の多くの同士たちは、未だに事物の量の面に注意することを知らず、基本的な統計、主な百分率に注意することを知らず、事物の質を決定する量的限界に注意することを知らず、何事についても胸の中に「数字」がはいっていないために、どうしても誤りをおかすことになる。

「安民告示」。会議を開くには、ちょうど民心安定の告示を出すのと同じように、予め通知して、どんな問題を討議するのか、どんな問題を解決するのかをみんなに知らせ、前もって準備をさせなければならない。あるところでは、幹部の会議を開くのに、予め報告や決議案をよく準備しておかないで、参会者がやってきてからその場で間に合わせをやっているが、これでは「兵馬既にいたるも、糧秣未だ整わず」というようなもので、良くない。もし準備ができていなければ、会議を開くのを急いではならない。

「精鋭簡政」。談話や演説をするにも、文章や決議分を書くにも、全て簡単明瞭で要を得るようにすべきである。会議もあまり長い時間を費やしてはならない。

自分と意見の違う同志たちと団結し、一緒に仕事をしていくように注意すること。地方でも、部隊でも、全てこの点に注意すべきである。党外の人々に対しても同様である。我々は皆全国の津々浦々から寄り集まったものであるから、自分と同じ意見の同志とよく団結するばかりでなく、自分と意見の違う同志ともよく団結して、一緒に仕事がやれるようでなければならない。

極力傲慢を戒めること。これは指導者にとって一つの原則的な問題であり、また団結を保持する一つの重要な条件でもある。大きな誤りを犯したことがなく、その上、仕事の面で非常に大きな成果をあげた人でも、おごり高ぶってばならない。

二つの境界線をはっきり引くこと。まず第一には、革命か反革命か、延安か西安か(*) である。一部の人々には、この境界線をはっきり引かなければならないことがわからない、例えば、官僚主義に反対するとなると、彼らは延安をまるで「良いところは何一つ無い」かのようにいいたて、延安の官僚主義と西安の官僚主義とを比較し、区別することをしない。それは根本的に間違っている。第二に、革命の隊伍の中では、正しさと誤り、成果と欠点の境界線をはっきり引かなければならないし、さらに、そのなかで、何が主要なもので、何が第二義的なものであるかをはっきりさせなければならない。例えば、成果は、結局、三分なのか、それとも七分なのか。少なめに言ってもいけないし、多い目に言ってもいけない。一人の仕事でも、結局成果が三分で誤りが七分なのか、それとも成果が七分で誤りが三分なのか、根本的な評価がなければならない。もしも成果が七分なら、その人の仕事は基本的に是認されるべきである。成果が主であるのを誤りが主だというのは、完全な間違いである。我々は、問題を見る場合に、二つの境界線、すなわち、革命と反革命の境界線、成果と欠点の境界線をはっきり引くことを忘れてはならない。この二つの境界線を頭に入れておけば、物事はうまくいくし、そうでなければ、問題の性質を混同することになる。もちろん、的確に境界線を引くには、綿密な研究と分析を行わなければならない。我々はそれぞれの人についても、それぞれの事柄についても、分析し、研究する態度を取らなければならない。
* 延安は、1937年1月から1947年3月まで、中国共産党中央尾所在地であった。西安は、国民党反動派の西北における支配の中心地であった。毛沢東同士はこれを革命と反革命に例えたのである。

人民、ただ人民のみが世界の歴史を想像する原動力である。

大衆こそ真の英雄であり、我々自身の方が、とかく滑稽なほど幼稚である。この点を理解しなければ、最低の知識も得られない。

人民大衆は限りない想像力を持っている。彼らは自らを組織して、自分の力を発揮できる全ての場所と部門に向かって進軍し、生産の工場と拡大に向かって進軍し、自分のために日一日と多くの福祉事業を起こしていくことができる。

いま農村には、共同化という社会改革の高まりが、ある地方では既に訪れているし、全国にもまさに訪れようとしている。これは、五億を超える農村人口の大規模な社会主義的革命運動であり、極めて偉大な世界的意義を持つものである。我々は、積極的に、熱情をこめて、計画的にこの運動を指導すべきであって、様々な方法を使ってこれを後退りさせるようなことをしてはならない。運動の中では、少しくらいの変更は免れがたいことで、それはうなずけることであるし、また、正すのもさして難しいことではない。幹部や農民の間にある欠点とか誤りは、我々は積極的に彼らを援助しさえすれば、克服され、正されるものである。

大衆の中には、極めて大きな社会主義的積極性が潜んでいる。革命の時期にも決まりどおりにしか動けない人間は、こうした積極性が全く目に見えない。彼らは目が見えないのであって、その目の前に現れているのは一面の暗黒だけである。彼らは、時には全く是非を転倒させ、白黒を混同するほどである。我々が出会ったこうした人間はまだ少ないとでもいうのだろうか。決まりどおりにしか動けないこうした人間は、いつも人民の積極性を過小評価する。なにか新しい事物が現れると、彼らはいつも賛成せず、まずわっと反対する。そして、後になってから頭を下げ、少しばかり自己批判をする。次の新しい事物が現れると、彼らはまたもやこの二つの態度を一通り繰り返す。以後、様々な新しい事物が現れるたびに、全てこの方式で処理する。こういう人間はいつも受け身であり、重大な時点に差し掛かると、いつも足踏みばかりして、他人に背中をどやしつけられてから、やっと一歩を踏み出すのである。

我が党は、二十年このかた毎日大衆工作を行い、十数年このかた毎日大衆路線を口にしてきた。我々はこれまでずっと、革命は人民大衆に頼り、みんなでやることを主張し、少数のものの命令や掛け声一つで動くやり方に反対してきた。だが、一部の同士は工作の中で、やはり大衆路線を貫くことができず、少数のものだけに頼ってひっそりと工作している、その原因の一つは、彼らが、なにか一つのことをやる場合に、とかく、指導される人たちにはっきり説明しようとしたがらず、指導されるものの積極性と創造性を発揮させることを知らないことにある。彼らも、主観的には、みんなに手足を動かしてやってもらおうとはするのだが、一体どんなことをやるのか、どんなふうにやるのかということについては、何も知らせない。これでは、どうしてみんなが動き出せるだろうか。どうしてことがうまく運べるだろうか。この問題を解決するにはもちろん思想の面から大衆路線の教育を進めなければならないが、同時にまた、同志たちに色々な具体的な方法を教えなければならない。

およそ正しい任務、政策、および工作作風は、全てその時その場所の大衆の要求に合致し、大衆と結びついたものであること、およそ誤った任務、政策、工作作風は、全てその時その場所の大衆の要求に合致せず、大衆から遊離しているものであることを、二十四年の経験が我々に教えている。教条主義、敬虔主義、命令主義、追随主義、セクト主義、官僚主義、傲慢尊大な工作態度などの悪弊は、大衆から遊離するものだからこそ、どうしても好ましくなく、あってはならず、このような悪弊を持っているものは、どうしても改めなければならないのである。

大衆に結びつくためには、大衆の必要と自発的意思に従う必要がある。大衆のための全ての工作は、たとえ善意であっても、いかなる個人的願望からも出発すべきではなくて、大衆の必要から出発すべきである。多くの場合、大衆は、客観的にはある種の改革を必要としていても、主観的にはまだそのような自覚を持たず、決意がつかず、まだ改革の実行を望まないので、我々は辛抱強く待たなければならない。我々の工作を通じて、大衆の多数が自覚を持ち、決意がつき、自ら改革の実行を望むようになってからこのような改革を実行すべきであって、さもなければ、大衆から離れてしまうであろう。大衆の参加を必要とする全ての工作は、もし大衆の自覚と自発的意思がなければ、いたずらに形式に流れて失敗するであろう。・・・これには二つの原則がある。一つは我々の頭の中の幻想から生まれた必要ではなく、大衆の実際の必要ということである。もう一つは、我々が大衆に変わって決意することではなく、大衆の自発的意思に頼り、大衆自身が決意することである。

我々の大会は、それぞれの部署で活動している一人ひとりの同志が、大衆から遊離しないように注意を喚起することを全党に呼びかけるべきである。人民大衆を熱愛し、注意深くその声に耳を傾けること、どこに行ってもその土地の大衆と溶け合い、大衆の上にあぐらをかくのではなく、大衆の中に深く入ること、大衆の覚醒の度合いに応じてその覚醒を啓発、向上させ、大衆の心からの自発的意思の原則に従って大衆が次第に組織化され、その時その場所の内外環境の許す全ての必要な闘争を次第に展開するのを援助することについて、一人ひとりの同志を教育することである。

大衆がまだ自覚していないときに、我々が進撃に出るなら、それは冒険主義である。大衆がやりたがらないことを我々が無理に指導してやらせようとすれば、その結果は必ず失敗する。大衆が前進を求めているときに、我々が前進しないなら、それは右翼的日和見主義である。

あらゆる工作において、命令主義は誤りである。なぜなら、それは大衆の覚醒の度合いを飛び越え、大衆の自発的意思の原則に背き、せっかち病にかかっているからである。我が同志たちは、自分の理解したことは広範な大衆も同じように全て理解したとひとり合点をしてはならない。大衆が既に理解したかどうか、また行動することを望んでいるかどうかは、大衆の中に入って調べてみて初めてわかるのである。そのようにすれば、我々は命令主義を避けることができる。あらゆる工作において、追随主義もまた誤りである。なぜなら、それは大衆の覚醒の度合いから立ち遅れ、大衆を一歩前進させるよう指導する原則に背き、のろま病にかかっているからである。我が同志たちは、自分がまだ理解していないことは大衆も一様に理解していないとひとり合点をしてはならない。多くの場合、広範な大衆が我々を追い越し、一歩前進を差し迫って求めているのに、我が同志たちは、広範な大衆の指導者となることができずに、むしろ一部の遅れた人々の意見を反映し、しかもこの遅れた人々の意見を広範な大衆の意見と誤認して、遅れた人々に追随してしまう。

大衆の中から集中し、再び大衆の中へ持ち込んで堅持させることによって、正しい指導の意見を形成すること、これが基本的な指導方法である。

我が党の全ての実際工作において、およそ正しい指導は、大衆の中から大衆の中へ、でなければならない。それは、つまり大衆の意見(分散的な、系統だっていない意見)を集中し(研究を通じて、集中した、系統だった意見に変える)、これを再び大衆の中へ持ち込んで宣伝、説明し、これを大衆の意見にし、これを大衆に堅持させて、行動に移させ、また大衆の行動の中で、それらの意見が正しいかどうかを検証する。そして、その後、再び大衆の中から意見を集中し、再び大衆の中へ持ち込んで堅持させる。このように無限に繰り返して、一回ごとに、より正しい、より生き生きとした、より豊かなものにしていくのである。これがマルクス主義の認識論である。

我々は大衆の中に入り、大衆から学び、彼らの経験を総合し、いっそう立派な系統だった道理と方策にして、再びこれを大衆に教える(宣伝する)とともに、大衆にその実行を呼びかけ、大衆の問題を解決して、大衆に解放と幸福をもたらすべきである。

我々の一部の地方の指導機関の中には、党の政策は指導者だけが知っていれば良い、大衆に知らせる必要はないと考えているものがいる。これは、我々の一部の工作がうまくいかない根本的原因の一つである。

どんな大衆運動の中でも、大衆のうちで積極的に支持するものはどれくらいか、反対するものはどれくらいか、中間状態にあるものはどれくらいかということについて、基本的な調査と基本的な分析をしておかなければならない。根拠もなく、主観的に問題を決めてはならない。

大衆のいるところでは、どこでも、大体において、比較的積極的なものと中間状態にあるものと比較的遅れたものとの三種類の人々がいる。したがって、指導者は、少数の活動家を結集して指導の骨幹とし、この骨幹に依拠して中間的な人々を引き上げ、遅れた人々をかちとることに長じていなければならない。

党の政策を大衆の行動に変えることができるようになり、我々のひとつひとつの運動、ひとつひとつの闘争を、指導敵幹部に理解させるだけでなく、広範な大衆にも理解させ、把握させることができるようになること、これがマルクス・レーニン主義の指導の芸術である。我々の工作が誤りをおかすかおかさないかの境目もここにある。

指導的骨幹の積極性があるだけで、広範な大衆の積極性との結合がなければ、少数のものの空回りになってしまう。だが、広範な大衆の積極性があるだけで、大衆の積極性を適切に組織する有力な指導的骨幹がなければ、大衆の積極性は長続きもしなければ、正しい方向に進むことも、高度なものに高まることもできない。

大衆の生産、大衆の利益、大衆の経験、大衆の気分、これら全ては、指導的幹部がいつも注意を払わなければならないことである。

我々は、土地、労働の問題から薪や米や油や塩の問題に至るまでの大衆の生活問題に、深く心を注がなければならない。・・・こうした大衆の生活上の全ての問題を自分の議事日程にのぼせなければならない。そして討議し、決定し、実行し、点検しなければならない。我々は広範な大衆の利益を代表するものであり、彼らと息が通い合っているものだということを、彼らに理解させなければならない。我々は、彼らに、こうした事柄から出発して、我々の想起したより高い任務、すなわち革命戦争の任務を理解し、革命を支持し、革命を全国に押し広め、我々の政治的な呼びかけを受け入れて、革命の勝利のために最後まで戦うようにさせなければならない。

 

 

とおっしゃっている。

 

[1]
お前たち西側先進国は、マスコミやテレビや映画を使ってまで、反共主義で、反動的で、修正主義なデマを垂れ流している。

毛沢東は、
「会議は重要。」
「集団指導体制とは、エリートが支配するという意味ではなく、独裁を防ぐためのもの。」
とおっしゃっている。


お前たち西側先進国の人間は、反動主義者で反共主義者で修正主義者でファシストのゴミで、粛清されるべき存在。


お前たち西側先進国の人間は、毛沢東の発言を知っており、知っているうえで、わざと、それと逆のことをし、つまり毛沢東の発言を悪用している。
お前たちは資本主義を推進し共産主義を倒そうとし続けており、
お前たちは「資本主義を推進し共産主義を倒す」と言うお前たちの目的のために、毛沢東が「こうすべき」と言ったことと 逆のことを わざと し続けている。

お前たち西側先進国の人間は悪魔。

 

[1]
お前たちは、一方的に私にレッテルを貼り、私が反論する権利を奪う。
例えるなら、お前たちは、私から、裁判を受ける権利すら奪う。
お前たちは、人権を侵害している。

私は、人間としての最低限の権利まで奪われている。


つまり、お前たちはファシストで権威主義で帝国主義者。
お前たちは、民主主義の敵。

 

***********************************************************************

 

AI による概要
習近平や中国指導部が「張子の虎(紙の虎)」という言葉を使う場合、それは主に「米国をはじめとする西側諸国やその軍事力・制裁は見かけは強そうだが、実態は空虚で恐れるに足りない」と主張する際の外交的・政治的なレトリック(空威張りやこけおどしの比喩)を指します。
この発言や表現の背景には、以下の重要なポイントがあります。

1. 毛沢東の思想を継承した外交姿勢
「張子の虎(紙老虎)」は、かつて毛沢東がアメリカの核兵器や帝国主義を批判する際に多用した有名なフレーズです。習近平主席もこの言葉や概念を引用し、米国の覇権や対中包囲網(台湾問題など)に対して強気の姿勢を示す際、または中国の体制の優位性を強調する文脈で伝統的に使用しています。

3. 歴史的背景と公式見解
毛沢東は1946年のアメリカ人記者との会見で、「すべての反動派は紙の虎である」という有名な論理を展開しました。これは「見かけは恐ろしく見えるが、人民の力の前には決して長くは維持できない」という共産主義革命の精神に基づくものです。中国外交部や国防部の報道官なども、外国記者から防空識別圏や軍事行動について「張り子の虎ではないか」と問われた際に、この毛沢東の言葉を引用して反論するシーンが見られます。