IbrahimLumumbaOmar’s blog.I will be a Red Guards.

Omar Fanon. Patrice Lumumba. Chama Cha Mapinduzi. Japan must apologize and pay compensation payments for sex slaves during and before World War II. I am a Maoist and Leninets.日本は悪。米国は悪。西欧は悪。

ソ連の地対空ミサイルは以下のように大量にある。

[1]
ソ連の地対空ミサイルは以下のように大量にある。
本土防空軍用の、B-52や核ミサイルを迎撃する地対空ミサイル。
方面軍用、
師団直轄、
連隊用、
大隊用。

陸上部隊は、大雑把に、
小隊が3つ集まって中隊、
中隊が3つ集まって大隊、
大隊が2つで連隊、
連隊が3つ集まって師団。
その上は、指弾を集めて、軍とか方面軍とかになる。

このそれぞれに専門の対空ミサイルが配備されており、それらは相互に重複した防衛範囲を持つ。

これに対し米軍は、パトリオットミサイルと、歩兵用スティンガーの車載タイプの2種類ぐらいしかない。
元々昔から、部隊配備用のホークミサイルと、本土防空用のナイキミサイルの2系統があった(しかなかった)。
あとはサイドワインダーの車載型のチャパラル。

ただ、ベトナム戦争の時点では、特に北ベトナムに展開されていた地対空ミサイルは、ほぼS-75 (SA-2)だけだったと思う。
携行用地対空ミサイルも登場はしていたが、配備されていたかは不明。
最初期段階の地対空ミサイルに、しかもたった一種類に、3700機撃墜されたのが米軍。

それだけ、地対空ミサイルの登場は、革命的で革新的だった。
地対空ミサイルは、初めて見る物体で、初めて遭遇した物体で、しかもそれが追いかけてきて、逃げ方もわからない。

種々の地対空ミサイルが登場し大活躍したのは、1973年の第四次中東戦争
SA-6ゲインフルなどが現れ、イスラエルのF-4ファントムなどが大量に撃墜された。


[1]
大隊が2000人ぐらいで、指弾で1万5000人ぐらい。
戦闘部隊以外にも、補給部隊や司令部が増えていくので、単純加算ではない。

砲兵大隊、対空砲大隊、対戦車大隊、など、任務別になっているのが大隊。
これを色々な種類を集めると、諸兵科連合効果、といって、強くなるわけだ。

しかし、今どきはそんなに大きな全面戦争はないし、人も集まらないので、もっと小規模化されている。
これが、ロシアの開発した、大隊戦術群(Battalion Tactical Group, 略称: BTG)。
中隊規模で、各種任務別にし、それを集めた大隊を1単位とする。。
砲兵中隊、対空砲中隊、対戦車中隊、などを集めて、大隊にするわけだ。諸兵科連合効果を、もっと小規模から編成したもの。

元々冷戦時代はもっと規模が大きく、作戦機動群(英語:operational manoeuvre group、略称:OMG)とされていた。
これは、包囲殲滅戦を目的とした集団。


[1]
例としてよく出てくる、カルタゴとローマの戦いの「カンナエの戦い」、などにあるように、包囲殲滅戦をすると、きれいに勝利が決まるので、それをみんなしたがるわけだ。
失敗するとダメージも大きいので、 私は個人的にはあまり好きではないwww。
私は防衛的性格で、臆病なので、そんな恐ろしい作戦を取る度胸がないwww。

私はドイツの味方をしていない。
私は、戦い方には色々ある、と説明をしているだけだ。
私はナチが嫌いだ。

レニングラードの戦い(1941年9月8日 - 1944年1月27日)では、ドイツがソ連軍を包囲したが、大敗北している。
スターリングラードの戦い(1942年-1943年)では、ソ連軍がドイツ包囲し、ドイツは大敗北している。


[1]
[Wikipedia]
S-75 (ミサイル)
https://ja.wikipedia.org/wiki/S-75_(%E3%83%9F%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%AB)
地対空ミサイル
防空軍用    
    S-25 (SA-1) S-75 (SA-2) S-125 (SA-3) S-200 (SA-5) S-300 (SA-10/SA-12) S-350(ロシア語版、英語版) S-400 (SA-21) S-500

戦線・方面軍用    
    2K11 (SA-4) 2K12 (SA-6) 9K37 (SA-11) 9K37M1-2 (SA-17) 9K317(ロシア語版)(SA-17) 9K317M(ロシア語版)(SA-27)

師団用    
    9K33 (SA-8) 9K330 (SA-15) 9M311 (SA-19/SA-N-11) 57E6 (SA-22)

連隊用    
    9K31 (SA-9) 9K35 (SA-13)

大隊用(MANPADS)    
    9K32 (SA-7) 9K34 (SA-14) 9K38 (SA-18) 9K310 (SA-16)


[Wikipedia]
大隊戦術群
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E9%9A%8A%E6%88%A6%E8%A1%93%E7%BE%A4
大隊戦術群(だいたいせんじゅつぐん、ロシア語: Батальонная тактическая группа, tr. batal'onnaya takticheskaya gruppa、略称: БТГ BTG ベーテーゲー、英: Battalion Tactical Group, 略称: BTG)または大隊戦術グループは、ロシア陸軍の、高い水準の即応能力を持った諸兵科連合機動部隊である[1]。
大隊戦術群は一般的には、防空、砲兵、工兵、および後方支援部隊で増強された、2から4個中隊の大隊(典型的には機械化歩兵)から構成され、陸軍守備旅団から形成される。


[Wikipedia]
作戦機動グループ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%9C%E6%88%A6%E6%A9%9F%E5%8B%95%E3%82%B0%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%97
作戦機動グループもしくは作戦機動群(英語:operational manoeuvre group、略称:OMG)は、ソビエト連邦軍第二次世界大戦中に東部戦線において縦深攻撃を実行した騎兵機動グループ(CMG)を代替するために1950年代初期に作成された機動戦についての構想。
概要
1930年代、ドイツ国防軍ソビエト連邦赤軍の理論家たちの間で協力して開発された縦深作戦理論は、後の電撃戦や基本的梯団のドクトリンに影響を与えた。
ソビエト連邦軍のドクトリンにおいて、OMGはヨーロッパのNATO潜在的脅威がある正面戦線に突破口を開設することにあった。このソビエト連邦軍ドクトリンにおいてOMGは主力軍に先立って、砲兵の支援を得た自動車化狙撃師団を強行突破させ、ヘリコプターおよび近接航空支援機(CAS)を用いた複合的連携によってNATO正面戦線の破壊を企図した[1]。 


[Wikipedia]
カンナエの戦い
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%83%8A%E3%82%A8%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84
カンナエの戦い(カンナエのたたかい)は、紀元前216年8月2日、アプリア地方のカンナエ(カンネー)で起こった第二次ポエニ戦争における共和政ローマカルタゴの戦いである。カンネーの戦いとも表記する。