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マルチンルーサーキングジュニア。ベトナム戦争を乗り越えて:今こそ沈黙を破るとき

マルチンルーサーキングジュニア。ベトナム戦争を乗り越えて:今こそ沈黙を破るとき


マルチンルーサーキングジュニア。ベトナム戦争を乗り越えて:今こそ沈黙を破るとき


[1]
[Wikipedia]
ベトナム戦争を乗り越えて:今こそ沈黙を破るとき
https://en.wikipedia.org/wiki/Beyond_Vietnam:_A_Time_to_Break_Silence
ベトナム戦争を乗り越えて:今こそ沈黙を破るとき」あるいは「リバーサイド教会の演説」としても知られる演説は、
暗殺されるちょうど1年前の1967年4月4日に、マルチンルーサーキングジュニアが、「反ベトナム戦争」および「社会的正義および社会的公正推進」を訴えた演説である。
ニューヨーク市のリバーサイド教会で主要な演説をし、そのあと、いくつかのインタビューを受け、ほかの演説もした。
マルチンルーサーキングジュニアは、ここで、ベトナム戦争に反対を表明し、ベトナム戦争を生み出した政策について反対を表明した、

1 背景
マルチンルーサーキングは、長いこと、米国がベトナム戦争に関与することに反対してきた。
しかし当初はこの問題を公の場で話題にすることは避けていた。
というのも、当時の大統領のジョンソン大統領の政策は公民権運動を進めていたのだ。
であるから、そのジョンソン大統領を批判すると、公民権運動の目標を妨害することになってしまうかもしれないので、そうした妨害を避けるためである。

Southern Christian Leadership Conference南部キリスト教指導者会議
https://en.wikipedia.org/wiki/Southern_Christian_Leadership_Conference
南部キリスト教指導者会議The Southern Christian Leadership Conference (SCLC) は、アフリカ系米国人の市民権活動組織である。
SCLCはその初代議長であるマルチンルーサーキングに密接に関係しており、米国市民権運動で大きな役割を果たした。

SCLCの直接行動部の前ディレクターで、現在は「ベトナム戦争終結運動委員会」の長を務めるJames Bevelの緊急の要請により、
そして、モハメドアリの率直な主張に刺激され、
キング牧師は、ついに、「公にベトナム戦争に反対すること」に同意した。
この時、米国社会の間でも戦争反対が拡大していたのである。

ベトナム戦争終結運動委員会」の支援を受け行われる「1967年4月15日のニューヨークでのセントラルパークから国連本部までの反ベトナム戦争行進」に参加すると公約した上で、
ベトナム戦争について憂慮する聖職者と信者Clergy and Laymen Concerned About Vietnam」というグループの支援を受け、
キング牧師はこの演説をした。


2 内容
キング牧師は、米国のベトナム戦争における役割を「占領し米国の植民地にする気だ」として強く非難した。
そして、米政府を「こんにちの世界において、暴力を提供する最大の御用商人だ」と呼んだ。
キング牧師は、ベトナム戦争を経済的な不正義と結びつけ、米国には本当の真の道徳的な変化が必要だと訴えた。
「"価値感の真の革命"は、貧富の差の露骨なコントラストの上に、すぐに不安そうに現れるであろう」
「義憤とともに、海外に"価値感の真の革命"は現れる」
「そして、"価値感の真の革命"は、西側の資本家たちが、それらの国々の社会をよくするための合意など全くなしに、ただ利益を奪い取るためだけに、巨額のカネをアジア・アフリカ・南米に投資するのを見るだろう」
「そして、”これは不正義だ”と"価値感の真の革命"は言うだろう」
キング牧師ベトナム戦争に反対した。なぜなら、ベトナム戦争は、米国で社会福祉のために使われるはずだったカネや資源を奪い取ってしまうからだ。
米国議会は、より多くのカネをどんどん軍事に使い、それと同時に、反貧困プログラムに使う金はどんどん減らしていた。
キング牧師はこの問題を
「何年も何年も、おカネを、社会を向上させるためよりも、軍事費に使う国は、精神的な死に近づいて行っている」
のようにまとめた。
キング牧師は「米軍が何万人も送り込まれて初めて、北ベトナムも物資や人員を大量に送り込み始めた」と述べた。
そして「米国は何百万人ものベトナムの方々を殺している。その多くは子供たちだ」と米国を批判した。

キング牧師は、「北ベトナムの農地改革に米国が反対していること」も批判した。


3 その後
ベトナム戦争を乗り越えて」の演説は、キング牧師の進化していた後年の政治的主張を反映しており、
キング牧師が所属している「テネシー州にある革新派プログレッシブのハイランダー研究教育センターHighlander Research and Education Center」の教えと同じものである。
キング牧師
「米国の政治的生命および経済的生命を根本的に改革する必要がある」と主張しており、
さらに、
ベトナム戦争への反対」を何度も表明し、
「人種的および経済的な不正義をただすために資源が再配分されるのを見たいという彼の願い」を何度も表明していた。

キング牧師ベトナム戦争に対する態度を見て、
Allard K. Lowenstein(民主党下院議員)、William Sloane Coffin(米国長老派教会牧師)、Norman Thomas(米国長老派教会牧師でアメリカ社会党から米大統領に6回立候補)らは、
民主党ベトナム戦争反対派の支持もあって、ジョンソン大統領に対する対抗馬として、1968年の大統領選挙でキング牧師を立候補させようとした。
キング牧師は熟考したものの、最終的には、
「政治には不安を感じるし、活動家としての道徳的な明確な役割に自分自身はより適していると考えた」
という理由でその提案を断った。

1967年4月15日、キング牧師は、マンハッタンのセントラルパークから国連本部までの反戦行進に参加し演説をした。
この行進は、「ベトナム戦争終結運動委員会」により組織され、同会のJames Bevel議長により主導された。
国連本部でキング牧師は、市民権の問題についておよび徴兵制度に問題についても、問題を提起した。

「市民権運動と平和運動機械的に融合させようとは、私は促してはいない」
「平等に対する道徳的要請にたどり着いたものの、まだ、世界的兄弟愛には到達できていない人々もいる」
「市民権運動の熱意が、より大きな強さを持って、平和運動にしみこんでいくところが見たい」
「誰もが市民権運動と平和運動の両方に対する義務を持っている、と私は思う」
「しかし、まだ一方しか持てていない人々も、最終的には、道徳的根源が人権問題にも平和問題にも共通であることを理解するだろう」