IbrahimCongoOmar’s blog

Black Lives Matter! I love political correctness.

人権問題に本当に興味がある?

人権問題に本当に興味がある?

人権問題に本当に興味がある?
本当に?
今、ニューヨークのタイムズスクエアに、南北戦争の南軍の将軍ロバート・リーを批判した銅像が彫刻として立っている。
知らないの?

 


[1]
[Smithsonian.com ]October 4, 2019
ニューヨークタイムズスクエアに新しい銅像が立つ。南北戦争の南軍の記念碑の数々が、人種差別の象徴と化していることに抗議して
https://www.smithsonianmag.com/smart-news/kehinde-wileys-times-square-statue-poses-challenge-confederate-monuments-180973284/
タイムズスクエアにある芸術家Kehinde Wileyのこの作品は、この後すぐにバージニア州リッチモンドに移転される。「人種差別を肯定している」と議論を巻き起こし続けている、南北戦争の記念碑、の近くの通りに移転されるのだ。
「戦争のうわさRumors of War」というこの彫像作品は、2019年9月27日にニューヨーク市タイムズスクエアで公開された。

先月末タイムズスクエアに、馬の背に乗った男性の彫像がそびえたった。彼の体は、まるで戦いの最中に後ろを振り返っているように彫刻されている。
一見すると、ニューヨークの最も派手な中心地の華やかさと喧騒に対する、奇妙な新参の追加物に見える。
「乗馬姿を記念碑として、著名な男性が記念される時代」の時代遅れで古風なな遺物に見えるのだ。
しかしよく見ると、明らかに現代アートなのだ。
この彫像で馬に乗っているのはアフリカ系米国人のかただ。髪の毛は頭のてっぺんのほうへ、引っ張ってまとめられている。足にはナイキを履いている。

Reggie Ugwuがニューヨークタイムズで報じたように、この記念碑はKehinde Wileyの最新作なのだ。
Kehinde Wileyは、恐らくは、スミソニアン博物館のNational Portrait Gallery に飾られている、バラクオバマ大統領の公式な肖像画を描いたことでで最もよく知られている。
この「戦争のうわさRumors of War」と名付けられた彫像作品はタイムズスクエアで公開されたが、この後すぐにバージニア州リッチモンドに移転される。
リッチモンドの有名な大通りに並ぶ南北戦争の南軍の記念碑の数々が、人種差別の象徴と化していることに、直接抗議するためだ。

「戦争のうわさRumors of War」は、実際のところ、リッチモンドの記念碑通り(Monument Avenue)にある南軍の将軍J.E.B. Stuartを参照している。
この通りは最近、アフリカ系米国人テニスプレイヤーにちなんで Arthur Ashe通り(ブールバード)と改名された。
しかしこの通りにはいまだに、いくつもの南軍の彫像が立ち並んでいる。
一つ目は、南軍の将軍ロバート・リーを称えたもので、1890年に建立された。
ウォールストリートジャーナルのMichael J. Lewisによると、「南北戦争終結25周年記念で、米国全体が感傷的な気分になって記念碑を沢山建てているときに、建てられたもの」だ。
もう一つの彫像は、南軍の大統領Jefferson Davisのもので、Michael J. Lewisによると、
「傲慢なレイシズムのシンボルとして広く認知されており、」
「建築分野においては、(〇ー〇ラックス〇ランがやっていた)アメリカで人種差別のシンボルとして行われる”十字架を焼くという行為”と同等の行為とみなされている」。

Kehinde Wileyは、2016年に、バージニア州リッチモンドにあるバージニア美術館で彼の作品の展示会を開くときに、バージニア州リッチモンドに旅したが、そのときにこれらの記念碑を見た。
ワシントンポストのPhilip Kennicottによると、Kehinde Wileyは、「”この彫刻の馬の表情”に惹かれた」そうだ。
しかしもちろん、「戦争のうわさRumors of War」は、その騎乗者であるアフリカ系米国人に尊厳と威厳を持たせようと意図した作品であり、
そして、その、「アフリカ系米国人の尊厳と威厳」こそ、南軍の獰猛な連中が破壊しようとしたものなのである。

「こんにち」Kehinde Wileyは、ニューヨークでのこの彫刻の除幕式で言った。
「われわれは、我々のような見た目のものに対して、”イエス”と言える」
「包括性とか社会参加に対し”イエス”と言える」
「”アメリカ人”という言葉が意味するものを、より幅広く解釈することに対して”イエス”と言える」