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映画レッド・テイルズ

映画レッド・テイルズ
この映画レッド・テイルズ は日本では上映されなかった
"レッド・テイルズ" というのはアフリカ系の方で編成されたタスキーギーの飛行機部隊。
南部アラバマ州タスキーギーの町で、選挙する権利に対する大きな問題が起きた。
タスキーギーというのは、そうした歴史のある重要な町だ。
しかし、日本のメディアも米国のメディアも、この映画を無視し潰した。


[1]
[Wikipedia]
レッド・テイルズ 
https://en.wikipedia.org/wiki/Red_Tails 
予算 5800万ドル
劇場収入 5040万ドル
レッド・テイルズは2010年の米国の映画。
この映画レッド・テイルズ は、第2次大戦中にアフリカ系の方で編成されたタスキーギーの飛行機部隊隊員についてのお話である。
ルーカスフィルムにより製作された。
レッド・テイルズはルーカスが個人的に行ったプロジェクトであり、元々は1988年に考えたものであった。

製作
ルーカスはこの映画の制作費を自分で出した。さらに、配給の費用も3500万ドル自分で負担した。
2012年1月9日の”デイリーショー”のインタビューで、
「長いことこの映画の製作が遅れたのは、キャストが全員アフリカ系の方であり白人の役割がほとんどないこの映画に出資しマーケティングすることに主要な映画会社が二の足を踏んだからだ」
と述べた。
「”映画会社は海外からの利益の60%を受け取れる”と説得したが、キャストが全てアフリカ系の方の映画は売れないだろうと映画会社が考えた」、とルーカスは話した。
ルーカスフィルムはウォルトディズニーカンパニーに2012年10月30日に買収されたが、レッド・テイルズはルーカスフィルムがこの買収をされる前に作った最後の映画となった。

[Wikipedia]
タスキーギーの飛行機部隊隊員
https://en.wikipedia.org/wiki/Tuskegee_Airmen 
タスキーギーの飛行機部隊隊員は、第2次大戦中にアフリカ系の方で編成された戦闘部隊のパイロット達の話である。
タスキーギ大学で学び、タスキーギ陸軍飛行場とよばれるMoton Fieldで訓練された、全てのアフリカ系のパイロットの方は、アラバマ州タスキーギに配備された。


[2]
[Wikipedia]
アラバマ州タスキーギー
https://en.wikipedia.org/wiki/Tuskegee,_Alabama#Voting_rights_challenge 
タスキーギーは、米国アラバマ州メイコン郡にある都市。
タスキーギーは、アフリカ系米国人の歴史にとって重要な場所であり、19世紀以降、米国の歴史にとっても大きな影響がある。
南北戦争以前、このエリアは、アフリカ系米国人のかたの奴隷労働に依存する綿花プランテーションとして使用されていた。
南北戦争後も、多くの自由となったアフリカ系のかたがたは、農業を主体とする農村地域のプランテーションで働き続けた。

タスキーギーは、有名な市民権運動で知られている。1960年のGomillion対Lightfoot裁判である。
この裁判では、米国最高裁判所が、
アラバマ州議会が、1957年にゲリマンダリングにより、タスキーギー市を28の辺を持つ形に変形し、」
「ほぼ全てのアフリカ系の方の有権者およびアフリカ系の方の居住者を市から排除し、」
「白人有権者および白人居住者は全く排除されなかった」
「のは米国憲法修正第15条に違反している」
との判決を出した。

この判決後、1961年に、タスキーギー市の市の境界は元に戻された。

選挙権に対する挑戦
Main article: Gomillion v. Lightfoot 
1957年公民権法が成立したあと、タスキーギー市でも、活動家達は、アフリカ系の方が有権者登録をするように活動して成果を得た。
タスキーギー市でも他のアラバマ州の市でも、1901年にアラバマ州が新たな州法を成立させたあと、アフリカ系の方はその多くが公民権を奪われた。
この1901年のアラバマ州の新たな州法は実質的に差別的な法律であり、有権者の資格として人頭税や筆記テストなどを課していた。

1957年には、アフリカ系の方が400人有権者登録し、白人有権者数とほぼ並んだ。合計で有権者は1000名だった。
しかし、アフリカ系の方は、白人よりも4倍の数いた。そのアフリカ系の方の中には、高い教育を受けた専門の方も多くおり、タスキーギおよび退役軍人病院で働いていた。

この年、議論もなしに、また、多くのアフリカ系のかたの抗議にもかかわらず、州議会はタスキーギ市の境界を変更した。
現地法140条と言う法律を立法し、不規則な28の辺を持つ市を作り、それにより、420のアフリカ系の方の有権者をタスキーギ市から排除した。
新たにできたタスキーギ市には、たった10人のアフリカ系の方の有権者が残っただけだった。
排除されたアフリカ系の方々の中には、タスキーギ大学や退役軍人病院の専門家の方が含まれていた。この市の境界変更で排除された白人は一人もいなかった。

この法律は、例えアフリカ系のかたが多大な労力をもって(そうしないと有権者登録できない)有権者として登録できたとしても、少数派である白人が市のコントロールを握り続けられるよう意図したものであった。

約3000人のアフリカ系米国人の住民の方々が、タスキーギのチャーチ教会で、この法律の成立に対し抗議をした。
さらに、タスキーギ市の白人のビジネスに対し、経済的にボイコット運動を始めた

このボイコット運動は”選択的購入キャンペーン”と呼ばれた。なぜなら、アラバマ州の法律では、ボイコットは違法とされていたからだ。
このボイコット運動は約4年続き、その間に白人が経営する26のビジネスが廃業となった。

さらに、アフリカ系米国人は、この法律に異議を唱え、運動を組織し裁判に持ち込んだ。全米黒人地位向上協会(NAACP)の支援を受けたケースもあった。
地方裁判所ではこの法律は合法とされ、ニューオーリンズ高等裁判所(合衆国控訴裁判所)でもその判決が支持された。
最終的に、アールウォーレン最高裁判所長官(首席判事)により”Gomillion対Lightfoot裁判”という最高裁判決が出される。それは1960年に米連邦最高裁判所で判決が出され、1961年に施行された。

アールウォーレンの最高裁判所では、
「タスキーギ市境界のゲリマンダリングは、人種差別に動機付けられており、米国憲法修正第15条に違反している」と判決を出した。
米国憲法修正第15条は、
連邦政府により守られている権利を州政府が危うくするときには、連邦政府による合憲性審査(司法審査)という政府の介入から、州政府は保護されない」
「(連邦政府により守られている権利を州政府が危うくするときには、連邦政府の介入を州政府は拒めない)」
としている。

この排他的なゲリマンダリングは違法とされ、市の境界は元の状態に戻った。